楽譜の腰紙
- wabisuke
- 2022年8月12日
- 読了時間: 2分
腰紙って日本らしい発想だとつくづく思う。
もともと茶室などの和室の狭い空間で、壁にあたって着物が汚れたり、帯が擦れて壁が剥落したりするのを防ぐために壁の下の方にぐるりと貼られた湊紙。庶民の暮らしでも土壁が主流だった頃には、掃除の際に箒や掃除機を当ててしまうと、徐々に土壁の足元が削れて来てしまうため、それを防ぐために、西の内紙や不要になった反故紙和紙を貼ることが普通だった時代があったようだ。それらの腰紙の多くは「リサイクルです!」と言わんばかりの筆文字がツラツラと書かれていて、味わいと面白みを感じる。(写真は深川江戸資料館の一室のもの)
昔、インパクトのある腰紙を見た。
学生時代。今思えばかなり年季の入った大阪下町のアパートに住んでいた私。壁は土壁、トイレは共同。コイン式のジリリリリーン!とけたたましく鳴る電話もアパートの玄関先にある。電話に一番近い部屋に住んでいた私はジリリリーん!が鳴ると、「ハイ、〇〇荘です。陸(留学生の名前)さんですね、少々お待ちください。」「陸さ〜ん!電話だよ」という電話交換手を買って出るような大阪の下町学生時代を暮らしをしていた。
忘れもしない阪神大震災の起こった早朝、私の部屋の土壁は一部剥がれ亀裂がますます入り、大事にしていた壺が割れた。刻々とテレビに映る大震災のニュースを見ながら気が気でない朝を過ごしていた私は、隣の部屋からのいつものバイオリンの音でふと我に返った。こんな朝も弾いてる、、、。ちょっと驚きながら
ノックしてその時初めて音の主、李さんの部屋を覗いた。
この部屋もかなり昔からあちこちひび割れがあった様子で、今朝の地震で新しい土が畳の上にこぼれていた。長年のひび割れを隠すように李さんの部屋の土壁には、彼女の目の高さに合わせて床に平行にぐるりと楽譜が貼られていた。部屋の真ん中にバイオリンを抱えた李さんは仁王立ち姿で、楽譜の進行に合わせて、彼女自身が狭い部屋の中を旋回しながら弾いていた。
今、大きな地震あったの知ってる?と聞くと
彼女は、「そうですね〜」と一瞬目を大きく開けたが、すぐに中央の腰紙に目を移しバイオリンを弾き続けた。聞くと、ページをめくりながらバイオリンを弾かなくて済むようにという工夫と、脆い土壁の応急処置という一石二鳥のバイオリンの楽譜の腰紙。
斬新だった。

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